木原稔
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みのる日記 : 平成の不平等条約 by minoru

2011年11月16日(水曜日)

button_blue平成の不平等条約

TPP参加の是非について、「平成の開国」と言う推進派の方々がいます。

江戸時代末期の1858年(安政5年)に日米修好通商条約を結ぶことで日本は開国しました。しかし、その内容は徳川幕府がハリスの威嚇に屈した結果、日本に関税自主権がなく相手国に治外法権を認めるという極めて不平等なものでした。

この不平等条約を対等条約に改正しない限り、我が国は独立国家としての実質を欠く事になるので、その後の明治政府は必死になって条約改正に取り組みましたが、その歩みは困難を極めます。

今、外務大臣だった小村寿太郎に関する本を読んでいます。

昭和20年までの国民的英雄として日本人誰もが認める人物は乃木希典と東郷平八郎でした。両者は陸戦・海戦における最大の殊勲者です。しかし、国家民族の運命を決すべき戦争は戦闘行為だけでは解決しません。

政治において戦闘行為は最終手段であって、戦闘前後の外交もまた国益を賭けた争いであり、その大切さは言うまでもありません。日露戦争前後の政治外交において最も重要な働きをし明治後半期の日本外交を一身に担って立った第一人者こそ小村寿太郎でした。

その小村外相は各国との片務協定税率を全廃し、条約の片務的規定を改正していきます。米国に対する関税自主権の回復に成功したのは1911年(明治44年)のことでした。

関税自主権の回復には、幕末期も含めると半世紀以上(約53年)の日時と膨大な労力を費やしました。その間、日清・日露戦争に勝ち日本の実力を欧米に見せつけましたが、多くの血が流れました。独立国家として関税自主権という「主権」を回復することがどれほど困難であったか、我々は学ばねばなりません。

ISD条項を「知らなかった」野田総理。ラチェット規定の危険性も議論されていません。現時点でTPPは日本にとって明白な不平等条約だと断言します。米国の機嫌を損なわない為の「お土産」にしては失うものが大き過ぎます。

同じ誤ちを繰り返すのが人間。だから「賢者は歴史に学ぶ」と言われます。現在、TPP参加に向けた外交交渉に野田総理はどれほどの長期的戦略と覚悟を持って望んでいるのか推し量ることはできません。

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【写真】左:味噌天神宮(熊本市大江本町)、右:弓削神社(熊本市龍田町弓削)それぞれで大祭が行われました。

  



投稿者 minoru | カテゴリー: | 投稿時間 12時55分42秒

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