第169回通常国会 概況

越年となった先の臨時国会が閉会して三日後、休む間もなく召集された今通常国会では、与党が野党側との合意点を探り、国民のために立法府としての責任を果たそうとする一方で、野党とりわけ民主党は大局的な判断を放棄し、参議院における数的優位性を政争の駆け引き材料に使って国会機能を停滞させ、国民生活に混乱を招いた。

 会期冒頭、福田総理は施政方針演説で「模範となる先例が無い中、(中略)自らの力で、新しい日本をつくり上げていかねばなりません」と述べて、本年を「生活者や消費者が主役となる社会」のスタートと位置付け、国民本位の信頼される政治や行政の実現を力強く訴えた。また代表質問にあっては「派手な言葉が躍るだけでは何も変わらない。政治は行動であり、結果である」と答弁し、政策推進の先頭に立つことを強調した。

 この国会の大きな争点は「国税関連法」「特例公債法」「地方税関連法」などの歳入法案と「道路財源特例法」の扱いであった。与党は、これらの法案が失効した際の国民生活や地方財政の混乱を回避するため、年度内の成立に向けてあらゆる努力を続けてきた。1月30日には、租税特別措置期間を延長する「セイフティネット法」を総務委員会および財務金融委員会で可決したが、両院議長あっせんのもと『歳入法案の審査にあたっては(中略)徹底した審議を行ったうえで、年度内に一定の結論を得る』ことで与野党が合意したため、本会議には上程せず法案を撤回した。

 その後の関連委員会では充実した審議を進め、予算委員会は85時間、財金委員会では20時間45分、総務委員会は17時間という、例年を大きく上回る法案審査を積み重ねた。その間、民主党の主張を柔軟に取り入れ、予算委員会では初となる地方公聴会を行い、他の委員会でも参考人質疑を実施するなど、広く国民の意見を聴取した。

 総予算と歳入法案は2月29日に衆議院を通過したが、ガソリン値下げという大衆迎合主義に堕した民主党は「衆議院で採決を強行した」など理不尽な理由を挙げ、参議院では総予算の審議入りが2週間遅れ、歳入法案に至っては1か月以上も未付託、2か月を過ぎても採決日程が決まらなかった。国会法56条4には、他の院が議決した議案に対して一定の配慮が求められるべき規定があり、また与野党で署名を交わした議長あっせんすら反故にされてきた状況は、もはや究極の審議拒否と呼ぶべきものであった。3月27日、福田総理は「道路特定財源を廃止し、21年度より一般財源化する」と記者会見で表明した。法案の成立が遅れれば、自動車重量税や中小企業事業活動に影響があり、国と地方に多額の歳入欠陥が生じることから、3月28日、河野議長に招致された与野党幹事長は揮発油の暫定税率を除く租税特別措置の「つなぎ法」で合意し、これを年度末の3月31日に成立に導いて混乱を最小限に抑えた。参議院での野党の暴挙は「道路財源特例法」にも及んだ。議運委員会の採決で、本来は国土交通委員会の所管であるべき法案が民主党委員長の財金委員会に付託された。これは参議院規則74条にある委員会所管事項に明確に違反している。にもかかわらず民主党は本会議趣旨説明質疑において、財務大臣ではなく国土交通大臣にのみ質問を行った。暫定税率失効にともない全国知事会は、36道府県で4000件を超える生活関連道路事業が凍結されていると発表した。なお、総予算は3月28日に両院協議会を経て年度内成立を果たし、歳入法案は4月30日に、「道路財源特例法」は5月13日に、それぞれ憲法59条2の規定に基づく再議決を行った。みなし否決による再議決は56年振りに当たる。福田総理は記者会見で、ガソリン値上げ等の混乱を引き起こしたことにより「政治のツケを国民に回す結果になった」と語った。

 参議院で第一党の地位を得た民主党は党利党略に徹し、各紙の社説には民主党の見識を疑う見出しが続いた。日銀総裁の同意人事においては、候補者の出身や財金分離に関して一貫性のない主張をし、我が国を代表する重要なポストの選択肢を狭めた。金融政策の司令塔空席は戦後初の異常事態である。サブプライム問題や原油高騰等、国際的な金融有事に対する危機感の欠如は、我が国の信用を失墜させるのみならず、民主党の政権担当能力に関するリスクを内外に知らしめる結果となった。4月9日の国家基本政策委員会において、福田総理は民主党の不誠実な対応を「権力の濫用」であると厳しく糾弾した。

 また参議院外交防衛委員会においては、公判中の前日本ミライズ社長の宮崎元伸氏の証人喚問につき、本人が承諾していないTV中継を実施しようとする民主党の人権侵害に反発した与党が欠席するなか、異常な状況で喚問が行われた。参議院厚生労働委員会では、政府に具体的措置を丸投げする無責任な「後期高齢者医療制度廃止法」につき、民主党の岩本司委員長が各党理事やオブザバーから意見を聴くことなく一方的に採決日程を決め、与党欠席のなか委員会を強行したことで、委員会では不信任案、本会議では解任案を提出された。衆議院側で特に悪質を極めたのは、4月30日の歳入法案再議決の際の物理的抵抗であった。衆参の民主党議員はプラカードを掲げて議長室周辺を封鎖し、本会議の開会を大幅に遅らせた。その極めて手荒な行動に対し、本会議冒頭、河野議長は「民主党議員と思われる人たちの妨害で、本会議入場ができなかった。かかる行為は、はなはだ遺憾である」と異例の発言をしたほどである。常軌を逸した行動は院内に止まらず、民主党議員は5月15日に関東地方整備局を訪れ、職員に罵声を浴びせ、制止を振り切って勝手に事務室等に入室するなど威圧的な行為に及び、国会議員の品位を貶めた。

 会期末の6月11日、野党が参議院において提出した福田総理に対する問責決議案が可決された。総理問責案の可決は現憲法下で初である。そもそも問責決議に憲法上の根拠はなく、内閣に総辞職か解散を迫ることは憲法の精神を捻じ曲げるものである。また野党は問責理由で、参議院から送付された「後期高齢者医療制度廃止法」を与党が審議しないかのような主張をしたが、議運や本会議の欠席を通じて趣旨説明質疑の機会を放棄したのは、むしろ民主党であった。なお民主党は、同日の実施で合意していた国家基本政策委員会についても中止を申し入れてきた。

 与党は6月12日、衆議院に福田内閣信任決議案を提出し、国民生活の安定や国益の実現、国際社会に対する貢献に全力を尽くし、その職責を十分に果たしてきた福田内閣を一致結束して信任した。内閣信任案の可決は宮沢内閣以来16年振りの事例となる。翌13日には6日間の会期延長を議決したが、これはアジア外交に不可欠との観点から衆議院では民主党が賛成したにもかかわらず、参議院外防委員会の民主党委員長が審議を放置してきた「日ASEAN経済連携協定」など条約の自然承認を確実に担保するためである。

 この国会で成立した他の重要法案としては、政官接触の透明化や協約締結権の措置で修正合意した「公務員制度改革基本法」、非侵略目的下で軍事利用を可能にする「宇宙基本法」、被害者や遺族が少年審判を傍聴できる「少年法」、振り込め詐欺を防止する「携帯電話不正利用防止法」、悪質商法を根絶する「特定商取引法割賦販売法」、京都議定書6%削減目標達成のための「地球温暖化対策法」、事業者規制と児童利用防止を強化する「出会い系サイト規正法」、関係者救済のための「被爆者援護法」「ハンセン病解決促進法」「石綿健康被害救済法」「オウム被害者救済法」などがある。日米安保に資する思いやり予算の「日米地位協定」は民主党が反対に回り、両院協議会を経て承認された。参議院で条約が承認されない事態は戦後初であった。同意人事や重要議案などを採決するたびに、民主党から造反者や欠席者が出た。

 やむなく継続となった法案は、地方の不振企業等再生支援の「地域力再生機構法」、不服申し立て一元化の「行政不服審査法」、20年度の国庫負担割合を0.8%引き上げる「基礎年金国庫負担引上法」、政管健保の国庫負担を大企業の組合に肩代わりさせる「健康保険国庫補助額特例法」、不当表示に対する課徴金導入などの「独占禁止法」、いわゆる200年住宅の認定制度を設ける「長期優良住宅普及促進法」などがある。なお昨年の「憲法改正手続法」成立以来、立法府としての不作為が続いている憲法審査会の運用規程に関する議論も、野党の積極的な協力が得られないままである。

 自衛官の再任用期間を延ばす「防衛省設置法」、保育士や看護師が乳幼児を預かることのできる「児童福祉法」は、衆議院では民主党が賛成した議案であったが、参議院においては審査未了廃案となった。日銀政策審議委員の同意人事においては、民主党はいったん賛成を表明しておきながら、参議院で統一会派を組む国民新党の反対で対応を決めきれず、衆議院では本会議上程を延期したうえに欠席、参議院では採決することができなかった。

以上