航空自衛隊70周年記念式典

(式典において、防衛大臣として以下のように訓示を述べましたので、ここに全文を記録しておきます。)

本日、航空自衛隊70周年記念式典の挙行に当たり、防衛大臣として一言申し述べます。

まず始めに、海上自衛隊のヘリコプター墜落事故で亡くなられた隊員に哀悼の誠を捧げるとともに、ご家族の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。現在も、7名を一刻も早く無事 救出すべく、全力で取り組んでおります。この度の事故を受け、自衛隊全ての航空機の安全管理の徹底を指示したところですが、全隊員がこの困難を乗り越え、 国民の負託に応えられるよう、一致団結して国防の任務に取り組んでいきましょう。

さて、航空自衛隊は、我が国の空を守る組織として、昭和29年の創設以来70年の長きにわたり、その任務を果たしてきました。

昭和33年5月13日、千歳の空に第2航空団所属のF-86戦闘機が、銀色の翼を煌めかせながら勢いよく飛び立ちました。

自衛隊初のスクランブル。

それは、戦後間もない我が国の防空能力の向上のみならず、自分の国は自分で守るという意思を内外に示すものでもありました。以来、航空自衛隊は一分の隙もなく警戒監視を続け、領空侵犯の恐れがある航空機に対してスクランブルを行ってきました。その数は実に3万回を超えます。

パイロット、整備士、航空管制官、警戒管制員など、それぞれが高い緊張感を持って役割を果たしているからこそ我が国の空は守られています。今この瞬間も、全国各地で任務に当たっている全ての隊員 に対し、心からの敬意と感謝を表します。

「真に国民のための自衛隊」たれ。

国民の命と暮らしを守り抜くため、航空自衛隊の諸君は懸命に職務に邁進してきました。それは防空任務にとどまるものではありません。

本年元日、能登半島を震度7の地震が襲いました。道路が寸断され日没が迫る中、半島の先端にある輪島市の住民たちを救ったのは、輪島分屯基地にいた40人の隊員たちでした。その中には自分の家が全壊した隊員もいました。自らも被災者であるにも関わらず、発災後直ちに人命救助活動を開始し、津波から逃れる約1,000名の住民を保護し、倒壊家屋から生存者の救助を行った隊員たち、通称「輪島40s」 の活躍に加え、小松基地を拠点とした自衛隊航空機の活動やきめ細やかな支援活動は被災者を支え、そして勇気づけるものとなりました。

先月には、被災された方々を激励するため、能登半島上空をブルーインパルスが飛行しました。被災地の上空を旋回した時、地上では大きな歓声が上がっ たそうです。これからも、国民に寄り添い、国民とともにある自衛隊で あり続けられるよう、諸君の一層の努力を期待しています。

航空自衛隊の歴史を振り返った時、諸君の先輩たちは、目の前の様々な課題にチャレンジし、結果を出してきました。

そして今、航空自衛隊は新たな挑戦の時を迎えています。 海上自衛隊の護衛艦にも発着艦可能なF-35B部隊の新編や、史上初となる日英伊3か国での次期戦闘機の共同開発、更には航空宇宙自衛隊への進化。

目の前にあるのは広大なフロンティア、求められるのは果敢に挑戦する強い意思です。諸君の日々の努力が、新たな航空自衛隊の歴史を刻むのです。こうした諸君の挑戦を支えるためにも、隊員が働きやすい環境を整備することは最優先の課題であると思っています。

防衛施設の老朽化対策への投資や処遇の向上など、全ての隊員が高い士気と誇りを持って働ける環境を整備するため全力を尽くしていく所存です。

また、ハラスメントは隊員相互の信頼関係を失墜させ、 精強性を揺るがす、決してあってはならないものです。ハラスメントを一切許容しない環境の構築に向け、共に全力で取り組んでいきましょう。

「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる」

この服務の宣誓を胸に、厳しい現場で働く隊員こそが自衛隊の、そして日本国の宝です。 先ほど内倉空幕長も述べられたとおり、航空自衛隊の活躍の場は、今や宇宙まで広がっています。

諸君においては、今後とも強い使命感を持ち、防衛省・自衛隊に対する国民の高い期待と信頼に一層応えられるよう、引き続き任務に精励されることを切に望みます。

最後になりますが、常日頃から御支援と御協力を頂いている御来賓の方々を始め、隊員の御家族や関係者の皆様に対し、この場をお借りして心から感謝申し上げ、私の訓示といたします。

令和6年4月25日 防衛大臣 木原 稔